【息子よ...】


囲炉裏が我が家にやってきてからと言う物。俺はあまり外で飲んで帰るということをしなくなった。それよりもこの囲炉裏の前の方が何倍もくつろげるし、お酒もおいしい。今日も仕事を早めに切り上げて囲炉裏に向かっている。ちびちびとお酒を呑みながらスルメを焼いて、その一方では大好きなカメラの本をめくっている。こんな贅沢な過ごし方ができるとは……。ふた月前までは夢にも思わなかった。

ある日、DIYの雑誌を本屋で立ち読みをした時にこの囲炉裏の存在を知った。「これだこれ!」なんだか知らないけど、俺はこの囲炉裏を待っていたんだ。これは俺の為にあるような物だ。絶対かみさんを説得してこの囲炉裏を自分で作ろう。そう心に決めて本を買い家路を急いだのだった。熱い想いを胸に……。

「こんな大きなものどこに置くっていうのぉ?」「それにこれがあったからって何がいいわけ?お金だってないし」本を見てきっと同じように思ってくれると信じていたのが、まったく裏目に出た。かみさんは俺の気持ちを知ってか知らずか、迷惑千万の反旗を翻した。「…………」確かにマンション暮らしで余っている部屋などない。それにこれがあったからと言って、わざわざこれで煮炊きをするわけもない。ごもっともと言えばごもっとも。

しかしだ!言葉では言い表せないけど、これがあるときっと良いことがあるに違いない。そう思えるのだ。いや絶対にそうなのだ。少なくとも俺にとっては、俺の居場所ができることが何より掛け替えのない大切なことなのだ。一体俺の居場所はどこにある。親父の存在ってなんなんだ。ただ給料をもらって帰るだけの存在なのか。いや。そうではない。ぜったいにそうではないはずだ……。

それからと言う日々、俺は無駄遣いは一切やめた。外で飲むこともやめた。少なくとも自分の小遣いを貯めて自分のお金でこの囲炉裏を買うことにしよう。それから週末になると和室を片づけ始めた。この部屋は寝るだけの部屋なので、いつも余分な物がいっぱい置いてある。物置きみたいな部屋だ。これを囲炉裏部屋に変えよう。俺は少しつづ説得をしつつも行動することで本気なんだということを見せた。

そこまでするなら。というわけでようやくかみさんは納得してくれた。ついに手に入れることができた囲炉裏キット、そして、囲炉裏部屋だった。最初は反対していたかみさんも、現物を見ると、意外な反応をしてきた。「思ったよりいいじゃん。部屋もなんだかいい感じだし。これならお客さまも呼べるわよね」「ははは。どうだい。だから言っただろう!ま、許してやる」などとつい偉そうなことを言う。

その日からここが俺の居場所になった。テレビとか何もなくてもいいのだ。この囲炉裏の前に座っているだけで満足なのだ。最初は俺の専用の囲炉裏部屋だったが、ある日高校三年生になる息子がやってきて隣に座った。「父さん、ちょっと困ってることがあるんだけど……」俺がこの子の相談に乗る? 今までそんなことがあっただろうか? このことがきっかけになって、息子は時々隣にやってきては、話をするようになった。そしてそれに下の中学の息子も加わるようになり、さらにはかみさんも加わるようになった。

それはごく自然なことだった。囲炉裏の火を見つめるだけで、心が和む。これは日本に古くからあった暮らし。みんなが囲炉裏を囲んで楽しく過ごす。日本人で良かったと思えるそんな素晴らしい物がまた甦ったような気がする。そして親父の存在も。

息子よ。おまえたちが二十歳になったら、ここで酒を酌み交わそうではないか! とっておきの肴を用意しておくからな……。俺にはまた新しい楽しみが増えたことになる。(最初の写真はその時を空想して...)

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